拙作『空の飴色』の上映は終わった。されど、『狂気の海』とセレクション作品の上映はまだ続くのであった。
セレクション作品の監督には、映画美学校同期生の3名の友人(松村、遠山、宮田)が含まれているが、うそ偽りなく、彼(彼女)らとの交流なしに私の『空の飴色』は生まれなかったと思う。
この機会に少しだけ、この3人の友について一方的に語らせていただく。
われわれは皆、映画美学校フィクション科2期生である。(初めて出会ってから、もう10年にもなろうとしているのだ!)
『空の飴色』に、この3人が関わっていることはすでに述べた。逆に、私も彼(彼女)の作品(『よろこび』('99、松村)と『亀の歯』('02、遠山))に参加しており、その体験は忘れがたく心に刻まれている。
なかでも松村と遠山は、美学校初等科"Four Fresh"(※)のころから、常に私の先を行く表現者であり、身近な目標であった。二人は初等科修了制作として、それぞれ『よろこび』、『集い』('99)という作品を完成させている。また、宮田も友人たちと自主的に『山嵐』を撮りきったのに対し、私は何も形にすることができなかったのである。
私が高等科に進んだのは、「どうしたら彼(彼女)らのように作品を撮ることができるのか」を知るためでもあった。それは「とにかくつくり続ける姿勢」なのかもしれない。
美学校カリキュラム(もしくはスカラシップ)として制作された作品のほか、二人は自主的に映画制作を続け、美学校映画祭でででに出品をしていた。作品解説は監督本人に任せるとして、私が関わるエピソードを紹介してみたい。
松村の『YESMAN / NOMAN / MORE YESMAN』では、私もスタッフとして声をかけてもらっていたのだが、仕事の都合で参加を断念してしまった。その後、上映会で観たときの感動と悔しさを、いまでも思い出す。彼らしい、映画の表現にこだわった美しくも過激な作品である。
続く『TOCHKA』('07)は、その制作過程での苦労の一端を何度か聞いて、なかなか進まない撮影を心配していた。昨年ようやく完成・発表されたのだが、待った甲斐がある真の傑作だと思う。ぜひとも多くの人に観ていただきたい。
また、松村には、私の1作目『この人を見よ』('03)制作の直接のきっかけをつくってもらった恩人でもある。次の『空の飴色』でも、助監督として途中から助けてもらい、本当に感謝している。
遠山の作品では、やはりスタッフとして参加した『亀の歯』('02)が思い出深い。釜石での、あの合宿体験は、おそらく生涯忘れないだろう。
続く『巣』('03)では、現場に参加したわけでもないのに、なぜか私の名前がスタッフとして載っている。私は単に撮影用のビデオカメラを貸しただけなのだ。彼女の律儀さに感動した。もちろん作品もすばらしく、動揺させられた。これが初めて上映された美学校映画祭(会場はアテネフランセ)で、同じく『巣』を観たばかりの友人数人と近くのラクーア(後楽園遊園地)に赴き、サンダードルフィンというジェットコースターに乗って動揺を振り払うという、バカバカしいことをしたのも思い出のひとつである。
『アカイヒト』は、美学校映画祭で観て、あらためて「ここまできたか」と感動した。私の貧弱な語彙では表現しきれないが、たしかに彼女の到達点であろう。実際に劇場で観て、感じるべき映画である。
遠山は、その後もコンスタントに完成度の高い作品を発表し続けている。しかし、作品に表れる彼女の世界観が強烈すぎて、観る人を選んでしまう危険性も感じていた。個人的に、彼女には、別のアプローチも試してほしいと思っている。
かつて『月へ行く』('00、植岡善晴)の企画段階で、監督の植岡さんは自分のプロットを示し、学生スタッフの数人にシナリオを書くよう指示したことがある。多くは、植岡さんのプロットを下にシナリオを起こしていたが、遠山が書いてきたシナリオは、驚くことに完全に別世界であった。二人の個性が混ざり合った、独特の娯楽作品。最終的に、これを植岡さんが手直ししたものを本採用としたのだが、原型となった遠山版シナリオの印象は強く残っている。
私は遠山に、娯楽作品への接近を期待したい。彼女の芸術性を娯楽性のなかで解放できれば、さらに世界観は広がるような気がしている。
『空の飴色』では、ナレーションの声質が大きな意味を持っている。実は、早い段階から遠山に依頼しようかと考えていたのだが、ある意味「反則」ではないかとも思い、躊躇してしまっていた。しかし、彼女の声というピースを得て、この作品世界は完成したのだと思う。
最後に宮田について触れておきたい。
美学校映画祭で『山嵐』がスカラシップをとったにもかかわらず、どうにも煮え切らない。彼とは美学校有志でサッカーチームを結成し、それとなく皆で次回作に取り掛かるようけしかけていたのだが、年月だけが過ぎていく。
宮田には、『空の飴色』で、後日ナレーション録音に協力してもらったが、『この人を見よ』での出演(空手男)も思い出深い。ちなみに、『空の飴色』の整音が甘いのは、宮田に一切の責任はない。彼は優秀な録音マンである。
『山嵐』は躍動感に満ち、理屈抜きに面白い映画だ。本気で幕末青春映画を撮り切っている。11分で終わってしまうのがもったいなく、誰もが続きを観たくなること請け合いの作品である。
2期生中いちばんの年若で弟キャラだった宮田も、よい年齢になってきた。このセレクション上映が、アクションを起こすよいきっかけとなることを期待する。
今回のセレクション上映は、こと私に関していえば降って湧いた話であったが、3人の作品選出は妥当なところである。興行的な話ではなく、ぜひ、この機会に劇場に足を運んで、すばらしい作品群を観ていただきたい。
彼(彼女)らが優れた作品をつくり続けることが、私にとっても励みになっていた。それはこれからも同じである。ささやかながら、上映を終えた監督からのエールを送る。
(この文章を書くのが遅れてしまい、『YESMAN / NOMAN / MORE YESMAN』の2回目の上映に間に合わなかったのは痛恨である。松村の作品に興味を持った方は、同じくユーロスペースで「映画美学校セレクション2008」として7月17日(木)に上映される『TOCHKA』 をご覧いただきたい。)
※ 映画美学校のシステムを知らない人のために説明する。1998年当時の初等科(1年目)では、80名の受講生を4クラスに分け、万田邦敏、井川耕一郎、西山洋一(現洋市)、植岡善晴(敬称略)の諸氏について指導を受けた。カリキュラムの締めくくりとして、4名の優秀シナリオを講師が選び、16mmで映画化する権利が与えられるのだが、松村の『よろこび』と遠山の『集い』はその内の2本である。また、選ばれなかった者は、自分が好きな作品のスタッフとなって参加することになる。
ちなみに、松村と遠山は井川ゼミ、宮田と私は植岡ゼミであった。
(浅野学志)