しかしかれらと日本語のあいだの関係は、日本語がネイティヴである人間が母国語に対する関係とは当然質を異にする。個々の習熟度とは別に、やはりかれらと日本語のあいだには乗り越えがたい距離がある。だからかれらは、二重の意味で「法」のあからさまな強制を受けているといえる。
すなわち、映画のシナリオという法と、日本語という法の。そしてかれらが体現してくれた不自由さは、この物語の基底に横たわって共同体の成員を律している「大いなるしきたり」の存在とも、どこか通底しているような気がするのだ。
いま僕はどこか他人事のように法の強制といい、不自由さともいった。そして僕はここ避けては通れない問題に出会うのである。つまり、それをかれらに課したのは、この映画の演出家であるこの僕にほかならない、という事実だ。 日本語を母国語としない役者たちに囲まれたこの映画の撮影現場で、僕は法を強制するものとしての演出家の役割を、知らず知らず体現していたと思う。それは時には発音を教授する良心的な教師のようで、時には言語を統制する邪悪な独裁者のようでもある。日本語という法を自明なものとしてではなく、あくまで外在的なものとして扱うことが出来たこの映画の現場だからこそ、見えてきたものがあるといまにして実感している。そこではおそらく通常の撮影現場以上に、シナリオと演出を介在させることによって結ばれる関係性の根底に潜む不均衡さ・危うさがあらわになっていたように思うのだ。
その不均衡さ・危うさは、日本語がネイティヴである人達を被写体に選んだ場合にも、法を課すものとしての演出家の役割が変わらない限り、根源的には変わらないといっていい。映画づくりというもの、演出というものを、このような視点を抜きに語ることは無効だとさえ思う。その意味で、すべての演出は政治的な問題なのだ。
そして演出家たるものは、技術論以前に、まずそのことに自覚的であるべきだし、少なくとも僕は、映画の演出というものをそこから考えていきたいと思うのだ。 思いがけず話がややこしい方向に行ってしまったが、次にこの映画のキャスティングについて語りたい。 非ネイティヴの人達に出てもらおうと決めてから、企画の意図を説明した出演者募集のビラ(英訳)をつくって、カフェや大学など各所に配り、また、フリーペーパーにも載せてもらった。
その日から、制作の柴野淳君の携帯には昼夜を問わず外国人からのコールが殺到し、かれを悩ますことになる。そうやって知り合うことが出来たのが、先生役のFelix Owusuさんと弟子役のEdriss Alexisさん、Alfredo Afonso Ferreiraさん。お三方とも、初めて会った場でこの映画への真摯な意欲を示してくれ、ほとんどそれだけで決めた。残る弟子役のPol Maloさんは衣装を担当した居原田眞美さんの紹介で、美術家でもあり音楽家でもある人。母親役の凌雲鳳さんは渋谷哲也さんの大学の同僚。声の出演のJana UlbrichさんとRaimund Reppichさんは、東京横浜ドイツ学園の生徒。やはり渋谷さんの仲立ちがあって、そこの先生方に推薦していただいた。 少年役を日本語のネイティヴとしたのは、しきたりの犠牲者であると同時に改変者でもあるという、かれの両義的な立場の特異さを、周囲との言葉の位相の違いに反映させたかったから。永野雄太さんとは横浜市のフィルム・コミッションの協力によって出会うことが出来た。
ひとつ、忘れられない光景がある。 あの年の四月のある晴れた日、先生役のFelixさんの住まいにほど近い西葛西の公園で、Felixさんと台詞の練習をした時のこと。
幼稚園児たちが楽しげに走り回る、平和そのもののような公園の片隅で、直立したFelixさんは恐るべきしきたりの存在について、繰り返し繰り返し、声を張り上げ説いていた。Felixさんが台詞の練習に注ぐ情熱は驚くべきもので、それはほとんど畏敬にさえ値した。先に僕はシナリオや演出が孕む関係性の不均衡さや危うさについて述べたけれども、しかし、あのどこか場違いで、ユーモラスな光景のなかには、同じ関係性が時として持ち得る、ある幸福なかたちがあったように思う。
(続く)